不妊について思うこと

不妊治療を辞めるデメリット

おはぎです。

半年ぶりに家計簿をつけたところ、不妊治療に関わる支出がなくなり、生活費がだいぶミニマム化されていたため、金銭面も含めた様々な不妊治療を辞めたメリットがあることに気づきました。

その反面、不妊治療を辞めたことのデメリットも沢山あるなあと、感じています。

私が体感した、不妊治療を辞めるデメリット、個人的な感想となりますがまとめてみました。
 

私が感じた不妊治療を辞めたメリットはこちら

 

不妊治療を辞めるデメリット

 


 

子供を持てない人生を受け入れなければいけない

子供ができにくくて、高度不妊治療をする私が体外受精などを止める際には、子供がいない人生を受け入れる覚悟をしなければいけません。

その先に、絶対子供に恵まれないとも限りませんが、高度不妊治療で少しでも可能性が高まる治療を何年も続けても難しい場合、不妊治療を辞めることは、子供を持つ望みを手放すのと同じです。

不妊治療中の、しかも40才を迎えた頃から、漠然と不妊治療のその後を意識していたのにも関わらず、いざその時が来てみたら、それまではわからなかった気持ちも沢山あったし、子供を持てない覚悟なんて全然できていなかったことに気づきました。

不妊治療を終えて3ヵ月以上過ぎましたが、空に向かって嘆きたくなることも度々あります。
 

子供欲しかったー。お母さんになってみたかったー。

 
不妊治療を辞める時に、まだ子供を持てる可能性が高い、と思ってやめる方は少ないように思います。

それだけ気持ちの整理がつかないまま、人知れず不妊治療を終える方が多いように思います。

そして、不妊治療を辞めても子供が欲しかった気持ちはすぐには消えてくれないので、子供を持てない人生というものを受け入れがたい苦悩に長い時間苦悩しむことになるように思います。
 

不妊治療終了後も気持ちの整理に時間がかかるそうです

 

健康管理がずさんになる

不妊治療中は、ビタミン剤や腸活や、体メンテナンスの鍼灸、そして年に1度の健康診断、あれこれと意識して過ごしていました。

しかし、今年はなんと、健康診断の予約を忘れてしまって、今年度の期限を過ぎてしまっていました。

結婚してから、健康診断を忘れたのは初めてのことです。

でも、いつも年度末が期限なのに、3月に受けるという、私のルーズな感覚がそうなってしまう理由でもあるのですが。
 

去年ウエストサイズが70cmだった話はこちら

 
不妊治療を辞めても健康でいたいとは思うものの、不妊治療中ほどきちんと健康管理をしなくなってしまったのだと思います。

4月以降に次年度の案内が来ると思うので、次からは年度の初めに受けるようにしたいと思います。
 

お酒を飲みすぎてしまう

不妊治療中は、お酒を飲めない期間が必ずあるので、たとえ飲酒をしてもメリハリのある飲み方となっていました。

例えば、陰性判定を迎えたあとに次の採卵期間になるまでや、採卵が終わった後などの少しの間。

お酒飲みたいなあという気分になったとしても、1度飲んだら2日休むなど、かなり健康を意識していました。

しかし最近は、周期も何もないので、下手すると毎日飲んでしまいそうです。

実際お正月の間は、お酒を休む日もなく年末から年始まで飲みっぱなしでした。

今は、無理して、最低週に2日の休肝日を設けているほど。

お酒が好きな方は、健康管理がずさんになりがちなので、気を付けたほうがいいかもしれません。
 

体重が戻らなくなる

私は30代までは、BMIが18未満とやせ型体型でした。

それが30才後半になり、自然に体重が増えてきて、どうしたらいいのやらと一度リセットのためのダイエットをしてみようかと、悩んだこともありました。

しかし、妊娠するためには、BMIは20以上あるほうが望ましいという記事を見て、日に日に増えていく体重に「今はこれで良し」としてしまったんです。

結果的には、BMIが20近辺になったあたりで胚盤胞到達率が高くなったし、その後の成績も改善したので、妊活する上では体重が増えたことは、良かったことだと思います。
 

BMIは20以上あると妊娠しやすいという記事はこちら

 
今、不妊治療を終えてみて。

昔は、夜の食事をちょっと軽くしてみる日を続けたりするだけで体重が減っていたりしたのに、今や全然減る気配がありません。

体重が戻らなくなるのは、40代になって代謝が落ちたのが理由だとは思いますが、ちょっとの調整ではうんともすんとも。

妊活を理由に、完全に丸顔になったのも、もう言い訳できなくなってきたな、と感じています。
 

老後の不安が一気に押し寄せる

子供に恵まれないままに年を取ると、看取る人がいるかどうかなどが心配になってしまうこともあります。

私がもし旦那に先立たれてしまった場合、このままでは孤独死まっしぐらとなります。

お子さんがいらっしゃっても、遠方だったり事情があったりで、最期を看てもらえるか、安心できることでもないのかもしれませんが。

わが家の場合、年を取って気にかけてくれるような子供の存在はありません。

最近は、あまり世の中に迷惑をかけない程度の孤独死ならば、まあ仕方ないかとは思えるようになったものの、老後の人生を淋しく過ごすのは嫌だなあと思っています。

私の祖母が95才で亡くなるまで、私の母は一人暮らしの祖母の元へ毎週通っていました。(車で30分の距離)

祖母は祖父が亡くなった後、約30年間の一人暮らしだったわけですが、母の助けは大きかっただろうなあと思います。

特に、愚痴を聞いてもらえたりする存在は、祖母にとって大きな助けになっていたんだろうなあと。

私の場合はそういう存在がいないので、色々なコミュニティに参加してみたり、積極的に社会と関りを持つしかないのですが、無条件な愛情などは求めることができないのだなあ、と。

私の場合は、独居老人となった場合、早くに専門施設に入所できる備えをしておいた方がいいかなあ、なんて。

そういう意味でも、子供がいないことには寂しさがあるかも知れないなあ、なんて感じています。
 

老後の不安について考えてみた話はこちら

 

生まれてきた意味を模索してしまう

せっかく旦那と結婚したのにもかかわらず、私たち夫婦には子孫ができないこと。

何のために生まれてきたのかな、なんて時々考えてしまうものです。

女性だからと言って皆子供を産むために生まれてくるわけではありませんが、子供を持ちたくても持てない人生というものには、カルマのようなものがあるように感じて、模索することとなります。

そもそも生きていることに意味があるかないかなんて、誰にでも人生が終わってみないとわからないし、考えても仕方ないとは思うのですけどね。

それでもやっぱり、こうやってもがき続けている私の人生にも、何か意味があって欲しいなとは思います。

子供を持てなくて、人類の増加には貢献できなくても、何もない私だって生きる意味があってもいいのかなあ?と、ぼんやりと思うようになりました。
 

まとめ

不妊治療を終えるときに、「あー、すっきり。もうやーめた!」となる方は幸せ者だと思います。

私は不妊治療したことには悔いがないのに、子供を持ちたい気持ちがいつまでも消えずに、そこまで思えませんでした。

そして、多くの方が、私と同じように思っていらっしゃることを最近知りました。

皆さん、普段は平気そうなのに、度々苦悩と向き合う機会があるようで。

不妊治療を辞めたからと言って、急に、それまでの気持ちまでもクリアになるわけじゃないですもんね。

やっぱりこういう気持ちとは、時間をかけて、ちゃんと向き合って昇華させていくしかないのかなあと思うこの頃です。

最近は、辛くならない程度に、ちゃんと気持ちに真っすぐに向き合って、いつか正しく昇華していけばいいかなあ?と思っています。

  

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