不妊について思うこと 不妊治療

不妊治療のやめ時はあるのか?私が感じた不妊治療のやめ時

おはぎです。

私は35才から不妊治療を始め、42才で終わりにしようと思っていた不妊治療、43才で辞めました。

やっぱり最後はなんだかグダグダになってしまい、勝算の見込みもないのに延長してしまいました。

結果は惨敗です。
 

最後の妊娠判定はこちらから

 

高齢で高度不妊治療を行う場合、治療すること自体ギャンブルと言われたりすることもありますが、確かにそういうとらえ方もあると思います。

体外受精では、おおよそ80%の方が3回目くらいまでの胚移植で結果が出る、と言われているんですよね。

私も例にもれず、初めての胚移植で妊娠をし、流産という結果となってしまいました。
 

 
それでは、3回目までの移植で出産に至れない場合はどうしたらいいのか?

3回目までに結果が出ない場合、その後の成功確率は高いものではありませんが、妊娠できるまで、出産できるまで、数をこなすしかありません。

数をこなす治療をすると決意した場合、その後の治療が長期化することを覚悟する必要がありそうです。
 

 
30代で不妊治療をしていた頃は、なんだかんだ言ってもそのうち奇跡が起きて、不妊治療の終わりは妊娠・出産だろうな、と思っていましたが、現実は、そうはいきませんでした。

不妊治療が長期化してくるとなると、いつ辞めたらいいのか。

ゴールを妊娠や出産に設定してしまうと、永遠に辞められないということもあると思います。

ただし、私なりにこれは高齢不妊治療のやめ時かなあ、と思うポイントがあったので、私の経験から、不妊治療のやめ時だなとおもった点をご紹介します。
 

結果が出る前に治療の終わりを決意した話

 

不妊治療のための通院が煩わしくなってきた

成功まで至らない不妊治療を続けることが現実的でないとは思いつつ、子供を持ちたい気持ちが消えてくれないからと、不妊治療を辞めることに踏ん切りがつきませんでした。

パートとはいえ真摯に仕事に向き合いたい繁忙期と採卵などが重なる場合、通院することが煩わしいなと思うことも。

その後に子供に恵まれる可能性が少ないことを実感しすぎるくらいに感じていたせいかもしれませんが、少しだけ通院することが面倒だなあと思い始めていました。

治療を長く続けても結果が出ないと、意味のないことをしているような気分にもなり、不妊治療を続けることに疑問が湧くようになります。
 

先生に治療を辞めることを打ち明けた話

 

永遠に未来を計画できない人生に嫌気がさしてきた

私の場合は、お母さんになれないなら別の何かになりたいと焦りを感じ始めていたこともあります。

何か、目標が定まったわけではありませんが、不妊治療を続けた先の人生に、お母さんになっていることがリアリティに描けなくなったのかもしれません。

お母さんにもなれなくて、かといって仕事人間でもない、そこまで趣味にも没頭していない、中途半端な自分に、焦りを感じ始めてきたような気もします。

もしもお母さんになれなくても、はたから見たら子供のいないつまらなさそうな主婦と思われても、自分だけは納得のいく何者かになりたいと思い始めたような気がします。
 

 

将来のライフスタイル(金銭面や人生をどう描くかについて)に疑問を持ち始めた

不妊治療をする上で切り離せないのが莫大な治療費です。

私が治療をしている時は保険適用前だったので、信じられないくらい沢山のお金が治療費に消えてしまいました。

毎年数百万円かかる不妊治療費を永遠に出し続けるのは限界があります。

ましてや日々、私の加齢による卵子の状態は悪くなるばかり。

わが家の家計のほとんどは、旦那が稼いできてくれているお金で成り立っています。

旦那も子供が欲しくて不妊治療に協力的だったとはいえ、40才を超えてからは、その年齢での成功率の低さに「もう止めてもいいんじゃない?」と何度か諭すようになりました。

ふと立ち止まって、旦那の目線で考えてみた時、二人だけの人生を楽しく歩むビジョンも見えたような気もして、我がままを言うのは42才までにしようと思った記憶があります。

実際は43才まで続けてしまいましたが、結果が出ずとも、治療をやり切った気持ちはあるので、後悔はありません。
 

 

お母さんになれない未来はなんとなくわかっている

不妊治療をしたところで、お母さんになれる日は来ないかもしれない。

もしかするとこれが一番大きいかもしれません。

子供に恵まれる可能性の低さは、年々受け入れざるを得ない気がしてきました。

なにか好転する材料があるとしたら、あとはもう奇跡が起こることしかないと思っていました。

ただし、奇跡は起こらないから奇跡だ、と、途中で気づきはじめていたようにも思います。

43才での妊娠が、私の人生の奇跡でそれ以上でもそれ以下でもないと。

私に起きる奇跡は、妊娠までで、出産ではなかったんだなあと。

もしもお母さんになれないのであればこの後の人生どうしようかと。

お母さんにならない人生を模索して進んでいってみようなかな、という覚悟のようなものが固まりつつあったように思います。
 

 

子育てする体力が危うい

自分の年齢を冷静に考えた時、大きく不安に感じたのは、育児をする上での年齢的な限界でした。

万が一授かれたとしても、体力・精神力共に、子供が二十歳を迎えるまでは、私が全身全霊をかけてぶつかることができる年齢までかな、と。

反抗期の子供の頬をひっぱたいてでも(こういうの今は虐待と言われてしまうのかな..)、間違った方向へ進まないように、心身ともに全力でぶつかれる年齢というのもあるのかなあとも。

また私は、中途半端に自分に甘い部分もあるので、なんとなく年金を頂くころには、のんびりしていたいなあという思いもあったりして。

そういう意味では、私が60代半ばに差し掛かる頃までには、子供に成人していてほしい。

そんなことも考えて、不妊治療を続ける年齢にリミットを設けたような気がします。
 

まとめ

不妊治療をしながらも、いろんなことを考え、悩み、旦那と話し合った結果、43才で不妊治療を終えることにしました。

不妊治療をいつまで続けるのか・辞めるのか。

とてもプライベートな話なので、それぞれのご夫婦の事情によりその選択は違うものとなると思いますが、最後はご夫婦で納得されて、終わりを決めることが一番いいと思います。

だって、妻の最大の味方は旦那のはずですからね。

私は、8年の不妊治療を経て、子供を授からずに不妊治療を終わりにするという決断をしたこと、私の場合はこのタイミングで幕引きをしたことについて、ベストタイミングだと思っています。

私の不妊治療の過程では、ここまでやったという気持ちも十分にあり、この先にありもしない宝探しを続けることが無意味だと思えてきた気がします。

この後に万が一出産の可能性が残されていたとしても、です。

ただ、子供を持ちたかった気持ちだけは、追いついてきてくれてないみたいなので、ゆっくり昇華させていかなきゃいけない課題は残ってるんですけどね。

ぼんやり生きてきた私の人生で、いく度目かの試練。

傷がかさぶたとなって、綺麗にはがれて跡が残らなくなるよう、ちゃんと乗り越えたいなあと思うこの頃です。
 

にほんブログ村 家族ブログ 子供なし夫婦(夫婦二人)へ

ランキングに参加中です。ポチっとしていただけると嬉しいです。

-不妊について思うこと, 不妊治療
-