不妊について思うこと

日にち薬・時薬(ときぐすり)なんてものはない!?心の傷を癒すためにはどうしたらいいの?

おはぎです。

数か月前にアメブロで投稿した記事ですが、少し思うところがあったので、リライトしました。

これまで、年月の経過によって心の傷が緩和される、日にち薬・時間薬・時薬(ときぐすり)というものが存在すると思っていました。

しかし、実際はそんなものは存在しないという研究結果があるみたいです。
 

「時間は心の傷を癒さない」、米研究で明らかに|Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)
 
米心理科学会誌「Perspectives of Psychological Science」(心理科学の視点)に掲載された最新の研究結果によると、時間が人を癒す効果はないことが確認された。
アリゾナ州立大学の研究チームによれば、一般的に人には、それほどの自然治癒力はない。

 
子供に恵まれないと確定した私は、ズキズキと痛む心、時間に身を任せるしか心の傷は癒えないと思っていましたが、実際はそうでないみたいです。

それでは、時間の経過で心の傷が癒えないのならどうしたらいいのか、色々考えてみました。
 

日にち薬・時間薬・時薬(ときぐすり)って?

 
日にち薬・時間薬・時薬(ときぐすり)とは、「治療しなくてもそのうちに治る」という意味と同時に「すぐには治らず、多少日数がかかる」という両方の意味があるそう。

例えば骨にひびが入る傷を負ってしまった場合は、固定し動かせないようにしてくっつくまで待つしかないということになることが多いと思います。

そういう場合は、文字通り「時間」が必要となり「時間」以外の薬はなく、健康的な食事をして時が過ぎるのを待っていれば完治できることとなります。

それでは心の傷なら?

過労などから来る心の疲れの場合は、短期的なものであれば、文字通り日にち薬・時間薬・時薬(ときぐすり)で、週末ゆっくり休んでリフレッシュをすれば回復することも多いと思います。

けれど、心の傷の場合はそうはいかないという研究結果を見てあたふたしてしまいました。
 

 

日にち薬・時間薬・時薬(ときぐすり)というものがあると信じていたのに、時間だけで解決できないなんてどうしたらいいのか困り果ててしまいますよね。
 

日にち薬・時間薬・時薬(ときぐすり)の効果を感じなかった過去

 
実はもう20年以上前なのですが、恐らく私の人生の中で一番大きな失恋をしました。

その時は、日にち薬・時間薬・時薬(ときぐすり)が存在すると思っていて、あまり問題に直視することなく過ごしていました。

直視することが嫌で逃げていたんです。

失恋なんて誰でもあることだし、良くある話。

オフタイムに友達と遊んで暮らしていれば、そのうち忘れられる、と思ってました。

今思えばもう少し心の回復への近道があったのにと思いますが、連日飲み会へ参加したり、好いてもらえたからというだけで好きでもない方とデートを重ねたり。

帰宅して一人になるとそんな自分にうんざりしたり、消えてなくなりたいと思うくらい自分のことが嫌いな時期でした。

それから20代半ばを過ぎても、全く失恋の傷が癒えていない私がいたのです。

あのころはSNSもなかったし、リアルな友人にも、失恋なんて半年も過ぎれば「まだそんなこと言ってるの?」と思われそうで、強気だった私は友達にすら相談できませんでした。

その結果、ひたすら拗らせた心を抱えたまま過ごすことになっていました。

私の20代は傷心した心に囚われて過ごしてきたような気もします。
 

心の傷はどうやって癒せばいいの?

心に傷を負ってしまった場合、必ず心のお洗濯が必要になると思います。

不妊治療して流産してしまったり、はたまた私のように不妊治療が実を結ばず終わる結果となってしまったり。

最初はその事実から目を背けたくなりますよね。

まずは目の前の出来事を受け入れらるのか受け入れられないか、といった問題に直面することとなると思います。

素直に受け入れること、しっかり問題から逃げずに直視できるようになれば、後は心を回復させる努力をするのみ。

辛いからといって問題から逃げていていても、心がいつまで経っても納得できないままとなってしまう気がします。

まずはありのままの状態を受け入れて、納得する。

ここまでできれば、半分くらいは心が癒えているような気がします。

私も子供を持つことを諦めて半年と少し、やっとこの境地に来れたかなあ?といった感じです。
 

心の洗濯について考えた話

  

辛いけど何度も反芻(はんすう)してしまう感情に立ち向かう

不妊治療の終わりかた|おはぎの日記

 
私は子供を持てなかったことについて、この半年間、何度も何度も考えました。

考えたくなくても、頭から離れませんでした。

なぜ子供を持つことができなかったのか。

子供を持てないカルマがあったのか、お母さんになれない運命だったのか、前世でとても悪いことをしたんじゃないか。

もちろん、こんなことをぐるぐると考えても、答えが出ることはありません。

しかし、私の心にはとても意味がありました。

何度も何度も反芻(はんすう)して考えることで、心が浄化していくように思うのです。

時には辛い感情に向き合いたくない時期もありましたが、そういう時は意識的に別のことを考えるように努力しました。

買い物リストを整理したり、飼い猫のフードについて調べたり。

本来やるべきことはたくさんあるので、一度他のことを考え始めてしまえば気はまぎれるものです。

けれども、やっぱり現実に向き合う時はきてしまう。

自分が納得する答えなんて見つからないのだから、お腹にすとんと思える答えがでなくとも、それでもいいのではと思いながら考えるようにしました。

受け入れがたいことを何度も考えてしまうというのは、とても辛い事ではありますが、幾度となく向き合ううちに、自分を納得させていくこととなっていたりもするものです。

たぶんこの先の人生は長いはずなので、焦らず先に進んでもいいと思います。

私の場合はまだ道半ばかなあと言った感じです。
 

自分を肯定して慈しもう

辛い時や悲しい時、とくに不妊治療がうまくいかなかった場合などは、自分を責めてしまい、どうしようもなく辛い気持ちになってしまうことも。

不妊治療中は一喜一憂したり時には涙を流したり、今の私が振り返ってみてもちょっとしんどい8年間だったなあと思います。

でも、感情を激しく揺すぶって立ち向かうなんてこと、今の私の生活の中で他にあまりない気がします。

仕事で理不尽なことを言われて腹が立ったり、ミスが発覚してどなたかに迷惑をかけたりしても、自分を責めたりなんて私はしていません。もちろん反省はしますけど。

何十年と仕事をする上で、フォローの仕方を心得ているのでしょうね。

自分のことがが嫌になっちゃうくらいの事というのは、やっぱり自分なりに精一杯努力をして、問題に真摯に立ち向かった証拠だと思うのです。

そこまで頑張った自分を責めてしまうのは、可哀そうすぎます。
 

私、よく頑張った。これまでの努力を自信に変えてこの先も頑張っていこう。

 
それくらい誇りに思っていい事だと思います。

不妊治療した結果が何も残っていないように思ったとしても、頑張った誇らしい自分はちゃんといます。

家族も旦那もその経緯は見ていたはずで、認めてくれているはずです。

そして何より、旦那と笑いあった不妊治療以外のたくさんの思い出が積み重なっています。

不妊治療をしていた私も人生の一部で、その時に辛い思いの他に、旅行に行ったり帰省したりたくさんの思い出を旦那や家族と共有しています。

これらは何事にも代えられない大事なもの。

頑張ったけどダメだった、そんな自分を慈しんであげたいと、最近は思うようになりました。
 

まとめ

私個人の体験談で、誰にでも当てはまることではないかもしれません。

あくまで私が色々考えたこの半年の感想です。

不妊治療は辛く険しい道でしたが、私たち夫婦にとって避けては通れないところだったような気もしています。

一度お母さんになることを目指してしまったら、その後、お母さんになりたかったという考えを振り払うことは容易ではありません。

けれども、日常の中では90%くらいはとっても幸せで、10%くらい子供に恵まれなかったことに嘆いている自分がいます。

子供に恵まれなかったチクっとする気持ちはなんとなく一生消えない気がするので、せめて2%くらいになってくれたらいいなあと思います。

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