不妊について思うこと 日常の話

不妊治療をしても授からないかも?申し訳ないと思うきもちどうすれば?

おはぎです。

不妊治療を終了しても、不妊治療についてや子供がいないことをブログに書いていると、度々メッセージをいただきます。 

頂くメッセージの中で、かなり高い確率で書かれていることがあって、そっかあ、って思うことがあるのですよね。
 

旦那(主人)に申し訳ない

親に申し訳ない

 
私はこの言葉に、心が締め付けられそうになります。

不妊治療をしている人が、子供を授からないことに罪悪感を感じることについて、私自身もそう思うこともあるし、そこを脱することで気づいた部分があったので、それらをまとめてみました。
 

頑張っても報われないことはある|不妊治療の終わりかた|おはぎの日記

 

旦那に対して申し訳ない気持ち

今でも旦那をお父さんにさせてあげられなかったこと、責任を感じてしまうことがあります。

旦那が私ではなく、もう少し若い女性や、妊孕能(にんようのう)の高い方と結婚していれば、今頃1人や2人のお父さんになっていたんじゃないか、なんて。
 

離婚してお父さんになって欲しいと思った話

 

私たちの場合、旦那自身にはほぼ問題がなかったので、不妊の原因は、私の加齢(卵子)の問題だったのだろう、と思っています。

だって、1度だけ行った、PGT-A(受精卵の着床前診断)では、約半分ほどが正常胚ではなかったので。

なので、私のせいで旦那をお父さんにさせてあげられないという罪悪感は、常に頭の隅にある時期もありました。

だからと言って子供ができなかったこと、全部私の責任かといえば、それはまた違うと思うんです。

だって、不妊治療って夫婦(またはパートナー間)でするものだと思うから。

若干開き直りではありますけど。

旦那もいつも、採精結果について一喜一憂してました。

たまには、「旦那さん、今日具合でも悪かった?」なんて聞かれちゃう数値にもなったりして。

旦那に問題がなくても、旦那は自身の結果に絶対の自信は持っていなかったし、私も卵子や子宮の状態には、そもそも自信なんてなかった。

お互いに気にしつつ、不妊治療をまい進しました。

不妊治療の過程がそんな感じだったからこそ、子供に恵まれなかった未来も、お互いに気にかけながら、やっぱり共に歩んでいこうというスタンスになれている気がします。
 

旦那への罪悪感の落としどころ

いつまでも子供を授かることができなくて、申し訳ないと思うことについて。

私、ちょっと思うんです。

夫婦間で、申し訳ない気持ちなんて、何か後ろめたいことがなければ、勝手に感じる必要はないのでは?と。

私の場合、不妊治療を進めていくうちに、自分を責めることが良くないと思い、そう考えることをやめました。

もしも、不妊の原因が一方的に旦那に原因があったとして、旦那が罪悪感を感じていると想像してみたら、やっぱり申し訳ないなんて思ってほしくない。

あなたが悪いわけじゃないよって、罪悪感を感じなくなるまで説得しそう。

夫婦は運命共同体なんだから、一緒に苦しみも分かち合いましょうと、私なら思います。

それでも、今の結果を思えば、少しばかり旦那への罪悪感がぬぐえなかったりもしますが、時折感じるくらい、です。
 

なんとなく罪悪感がぬぐえない気持ちはこちら

 

両親や親族へ申し訳ないと思うことについて

結婚をしたら、次は子供かな?なんて思う家族や親族は多いものなのだと思います。

世の中の、9割以上の夫婦が子供を授かっているんだから、結婚したら子供が生まれるんだろうなあと、周りがそう考えてしまうのは自然の流れなのだと思います。

しかし、子供に恵まれることは奇跡的なことで、運によることが大きいです。

特に、妊娠・出産の運にとことん恵まれていない私にとっては、出産なんて万が一の奇跡が起きたあとに、連続で奇跡が起きなければ、出産へは至りませんでした。

両親が孫を期待していることは感じていましたが、それが難しい場合、私が両親へ罪悪感を感じることって違うんじゃないかと、途中で疑問に思うことに。

それは、不妊治療の愚痴を母親に話した際に、言われた言葉があって。
 

不妊治療なんてやめちゃったらいいんじゃない?

 
そう言われたときは、目から鱗でした。

母は、孫を所望する気持ちより先に、娘が不妊治療で苦しんでいることについて、そう発言したんだろうと思います。

出産して両親へ孫を見せてあげたら、結果論だけで言えば、それは最高の親孝行になるのだと思います。

しかしもしも、私が娘を授かったとして、成長した娘が将来不妊に悩む理由の一つに「親に申し訳ない」と思っていたら...。

それは、親の立場で考えたら、とても悲しい事のような気がします。

親のことはいいから、自分の幸せのことだけ考えてね、と伝えるでしょうね。

私たち夫婦が幸せでいたらそれでいい、そう両親は言ってくれています。

親の心情なんて気にならないくらい、幸せに過ごしてほしいと思っているようです。

それでもたまには、「ついに両親に孫の顔、見せてあげられなかったなあ」、なんてよぎったりしますけど。
 

私たちに敬老の日はないと思う話

 

まとめ

子供を望むのに恵まれないことについて。

旦那(ご主人)や、両親に対して申し訳ないと、感じてしまう気持ちはとても素敵な感情だとも思います。

別の角度から見たら、他人を思いやることができる素直な心を持っているとも言えます。

妊娠適齢期の不妊症の理由は、ほとんどの場合、患者が悪いことをしたからではないので、不妊症の方が悪いわけではありません。悪ではありません。

であれば、申し訳ないなんて、自身を追い詰める必要はありません。

生物って、悲しいかな自然淘汰されてしまうものなので、不妊症になるかどうかは、ロシアンルーレットのようなものだったりします。

94%は無事に妊娠・出産できるけれど、6%は子供を授かることのない運命。

そんな運命となってしまったら、罪悪感など感じる必要はなく、開き直るしかないです。
 

開き直った話はこちらから

 

人生において、本気で努力しても、結果に全く近づくことができなかった、なんて目標はあまりないと思いますが。

不妊治療だけは、明確な目標を持って全身全霊で挑んでも、雲をつかむようなものだったりして。

自分の卵子や受精卵、最新のテクノロジーを使えば目に見えるのに、移植したら全てが消えてしまい、最初から何もなかったかのよう。

本当に文字通り、水の泡。

不妊治療を経て、どんなに努力しても、報われないことが世の中にあることを知りました。

不妊治療を辞めたあと、結果は何も残っていませんが、私や私たち夫婦にとっては、とても大きな何かがあるはずだと、信じています。

頑張った軌跡と、それを認めてくれている旦那はいます。

「不妊」という、貧乏くじを引いてしまったのだから仕方ない。

あとはどれくらい受け入れて、この状況で未来をどこまで楽しめるか。

まず始めは、子供がいない人生を100%受け止めるところから、でしょうかね。
 

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